「For Life」100日後に死ぬワニさんの一連の話を受けて感じたこと

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For Life

こんにちは、雷人です。

東京オリンピック延期が現実味を帯びてきました。

さらにカナダは今年開催されても出場しないと発表しました。

IOCと日本が開催すると言っても選手を派遣しないという国は今後増えるとも考えられます。

何れにしても日本は東京オリンピックで期待していた経済効果に対する大打撃は避けられそうにないですね。

さて、今日は先日話題になっていた「100日後に死ぬワニの話を受けて感じたこと」を書いていきます。

少しツイッターでも話はしたのですが、賛否両論波紋を呼んだ最終話を受けて私自身が感じたことを書きます。

特に何かのためになるという記事ではありませんし、ごくごく当たり前の話を書くだけなので興味がなければスルーしてください。

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「100日後に死ぬワニ」とは

ツイッターの中で、きくちゆうきさんという漫画家・イラストレーターの方が「100日後に死ぬワニ」というタイトルで1日一つの4コマ漫画を毎日19時に更新し続けていた作品です。

100日後には死ぬという設定の中で、なんの変哲もないありふれた日常を書き続けていたという作品です。

3月20日が100日目になっていて、19時になっても更新されなかったのでツイッター界では色々な憶測を呼びました。

その後に100日目は公開され、それと同時に書籍化や映画化、グッズ販売などの告知がされたことを受けて、ツイッター内ではあれた雰囲気となってしまっていました。

その一連の騒ぎに関して個人的には、漫画家の方が無料で毎回3ヶ月もの間作品を出し続け人気が出たのでマネタイズしたというだけの話であって別にいいんじゃないかなと思いましたが、タイミングはもう少し遅らせた方がよかったのかなとは思います。

正直にいうと私はこの作品を全て見ていたわけではなく、何かたまにツイッターの中でワニさんの漫画がちょろちょろ出てくるなという程度でした。

偶然最終話の日に時間があり、波紋を呼んでいたので興味が湧いて最終話だけ見ましたが、おそらく1日目からずっと見てきたファンにとっては「にわか」以下の読者です。

しかし、この「100日後に死ぬワニ」というストレートなタイトルと、少しだけ作品をリサーチした中で感じた作者のメッセージを私なりに解釈したので記事に残しておこうと思いました。

作品から感じたこと

「100日後に死ぬワニ」を読んで(全部は読んでないけど)感じたことは、いくつかあります。

それは

  • 人はいつか死ぬということ
  • いつ死ぬかはわからないということ
  • 今日が一番若い日だということ
  • 考えるよりも行動する大切さ
  • 日常に感謝すること

です。

どれもごくごく当たり前のことですが、改めて気づかされたこともあるので記事に残しておきます。

いつか自分自身でも読み返してみたいと思います。

人はいつか死ぬということ

人に限った話ではないですが、生命を受けたものは必ず「100日目」が訪れます

生きとし生けるものすべての”宿命”であり、誰もそのことから逃げることはできません。

幸いほとんどの人が、死ぬかもしれないと思いながら生きていなくて、寿命が訪れたり、病気になったり、不慮の事故に巻き込まれたりと突然にその時が来ることもあります。

人生は約30,000日(世界の平均寿命から見て)と言われています。今まで生きてきた年数と365日をかけるとどれだけ人生を経過しているかわかります。

私の場合はすでに11,600日が経過していて、ワニさんでいうところの40日程度経過していることになります。

このことから残った18,400日をどう生きていくかということを改めて考え直さなきゃいけないなと思いました。

いつ死ぬかはわからないということ

これには一つ問題があって、人はいつ死ぬかわからないということです。

もしかしたら、ワニさんのように不慮の事故に巻き込まれ突然「100日目」を迎える可能性だってあるわけです。

可能性としてはかなり低いかもしれませんが、誰しも「100日目」が訪れることは明白なんですが、その「100日目」が「いつ来るか」ということは誰にもわかりません。

私がデスノートの夜神月くんのように寿命が見える目を持っていれば別の話ですが・・・それはないです。

つまりは誰しもが、そのいつ来るかわからない「100日目」に向かって生きているということになります。

今日が一番若い日だということ

私がここ最近で心にいつもおいている言葉があります。

それは「今までの人生で今日が一番若い日」という言葉です。

自分が生きてきた人生の中で「今日」という日は一番若い日です。

何かを始めたいとか挑戦したいと思って、でも年齢がとか色々考えるかもしれませんが、今日が一番若い日だと思うことができるなら、何をするにしても遅すぎるなんてことはありません。

私たちが生きられるのは「今日」であり「昨日」ではありません。

”いま”この瞬間を生きているわけで、その積み重ねが「未来」を作っていっています。

今日という人生で一番若い日を充実させた1日にすることができれば良い人生を送ることができると信じています。

考えるよりも行動する大切さ

残りの人生を考えた時に、こんな人生にしたいなというプランニングをすると思います。

これもすごく大事なことだと思うのですが、個人的には本質ではないと感じています。

私も性格的に「石橋叩いて渡らない」ほど慎重な性格です。

ですが、最近は色々なことを「とりあえずやってみよう」という気持ちでいます。

「考えるよりも行動」するように心がけています。

行動派の人からすればまだまだ考えすぎと言われることもあると思いますが、自分自身の中では大きな変化を感じています。

行動することで「経験」や「反省」が生まれ、そこからまた次にやるべき「行動」が出てきます。

考えること(思考)も重要ですが「とりあえずやってみる」ことでまた違う世界が開けてくると思います。

意外とやってみると「もっとはよからやっとけばよかった」と反省することはあっても「やらなきゃよかった」と思うことはあまりありません。

自分自身で何かやってみたいこととかあれば「とりあえずやってみる」ことを意識してみると良いかもしれません。

日常に感謝すること

日々生きていく中で、ごく当たり前な日常を過ごしているとその「有り難み」が薄れていきます。

当たり前にご飯を食べて、学校や会社に行き、寝て次の日を迎える。こんな日常も当たり前ではない場所や国や人もいます。

自分自身が当たり前に思っていることも、当たり前なことなんかひとつもないと思うとそのことにもありがたみが出てきます。

「失って気づく大切さ」みたいなものがあると思いますが、感謝の気持ちなどは思った時にしっかり伝えることが大切ですね。

日々生かし生かされていると思って過ごすことができれば幸せな気持ちで生きられるのではと思っています。

自分にとって幸せとは何か

昨年の今頃私自身「自分にとって幸せとは何なのか」ということを考えていました。

なんだかクサい感じがしますが、人生最大のテーマだと思っています。

人はいつか必ず100日目を迎えるわけであって、それが明日かもしれません。

その100日目がいつ来ても良いように「自分にとっての幸せ」を日々感じながら生きるということはごく自然だし、目指すべき生き方だと思います。

自分がどんな時に”幸せ”を感じたり、”やりがい”を感じるのか、改めて考えてみると良いかもしれません。

日本人は「自分の人生に幸せを感じる」人の割合が先進国の中でもかなり少ないそうです。

これはそもそも多くの日本人が「自分にとっての幸せ」を考えずに過ごしてしまっているからなのかもしれません。

自分にとって幸せとは?」という人生最大のテーマを今一度考えてみてはいかがでしょうか。

最後に

最後になりますが、「100日後に死ぬワニ」は作者の友人が亡くなられたことをきっかけに書き始めたと聞いています。

身近な人や親しい人が亡くなるということは本当に悲しいことですが、そこから何を感じ、学び、自身がどのように「その人が生きられなかった明日」を生きていくかということが大切だと思います。

2020年3月20日はマヤ暦やインド暦の終わりの日とされていて地球滅亡の日かもと言われていた日とワニさんの100日目が被っていたことは偶然なのかわかりませんが、無事に私たちは3月20日から3日も生き長らえてます。

生かされている今日という日に感謝しながら、いまを生きていきたいものです。

やる気のない日も、フレッシュな気分な日も、いろんな日がありますが1日は1日で今日という日は二度ときません。

人生を幸せに生きられるように、後悔のない人生を送るためにも、いまを大切に生きましょう。

という話でした。

それでは今日はこの辺で👋

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